荻外(てきがい)荘公園
 昭和初期の政治家、近衛文麿氏の邸宅です。
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(“Googleマップで見る”で全画面表示が可能)
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■オリジナルレポート
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近衛文麿氏の邸宅が、区立公園として公開されています。
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近衛文麿氏は、内閣総理大臣を3度務めた政治家です。
その邸宅は、築地本願寺を手掛けた建築家、伊東忠太氏の建築です。
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邸宅の内部は、公開に向けて整備が進められています。
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第二次大戦前の重要な国策の多くがこの邸宅で決定されたという有名な場所です。
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当時の政治情勢から「荻外(てきがい)荘」の文字は新聞紙面に多く登場し、その名称は日本の隅々にまで知れ渡ったそうです。
対米戦に対する海軍の見通しをきかれた連合艦隊司令長官の山本五十六氏が、「それは是非やれと言われれば初め半年や1年は随分暴れてご覧に入れる。然しながら、2年3年となれば、全く確信は持てぬ。三国条約が出来たのは致方ないが、かくなりし上は日米戦争を回避する様極極力御努力願ひたい」という有名な回答をしたのが、この荻外荘においてでした。
そして、どうしても戦うならば、開戦と同時に大きな一撃を与えて有利な条件による早期講和を結び終結する、という戦略しか無いと説いたのです。
その後、米国との戦争が避けられないと知るや、日本はハワイ・真珠湾への奇襲をかけました。
日本が降伏して第二次世界大戦が終結した後、近衛文麿氏はA級戦犯として極東国際軍事裁判で裁かれることが決定、出頭を命じられた最終期限日の未明に、ここ荻外荘で青酸カリを服毒して自殺したのです。
2016年には、こうした歴史を持つ荻外荘が、日本の政治史上の重要な場所として、国の史跡に指定されました。
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■動画情報
■基本情報
[所] 東京都杉並区荻窪2-43 |
[関連サイト] 荻外荘公園 |
■地図(“拡大地図を表示”からルート検索が可能) |
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